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落合博満氏、個人タイトルは「野球人生を変える」。鉄則は『逃げるが勝ち』【横尾弘一の野球のミカタ】

プロ野球もいよいよ終盤に差し掛かった。優勝争いとは別に注目されるのが個人タイトルだ。

2016/09/01

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鉄則は『逃げるが勝ち』

 一定の基準を超えるのではなく、陸上競技のように一番にならなければいけないタイトル争いには、やはり獲るコツがあるのだと落合は言う。
 
「ひと言で表現すれば『逃げるが勝ち』。トップに立っているほうが、二番手、三番手から追いかけているより圧倒的に有利。これはタイトル争いの鉄則と言ってもいい」
 
 ペナントレースでも、僅差の争いが展開されると“追う立場の優位性”を唱える人がいる。トップに立てば大きなプレッシャーの中でプレーを続けるから、追う立場よりも体力、メンタルともに消耗が激しいというのが大きな理由だが、落合はやんわりと否定する。
 
「まず、その日の試合で死球を受けてリタイアしたら、二番手の選手は絶対にトップになれない。トップにいれば、二番手の結果次第ではその座を守れるかもしれないでしょう。たとえ1本の差だとしても、二番手がトップに並ぶには1本、単独でトップになるには2本打たなければいけない。日に日に緊張感が増し、体力的にも疲れていく中で、打たなければ抜けないというのが一番キツいんだよ。だからこそ、シーズン途中でトップに立ち、二番手との差がついている時でも気を抜かず、打てる時に打っておくことが大切なんだ」
 
 ロッテ時代の1986年には秋山幸二(当時・西武)とハイレベルな本塁打王争いを演じ、41本の秋山に対して50本塁打でタイトルレースを制した。また、夏場に原因不明のスランプに見舞われた中日時代の1990年は、池山隆寛(当時・ヤクルト)をはじめ数人による大混戦となった。だが、メディアに注目され、毎日のように候補者として名前を挙げられたことでペースを乱した何人かが脱落し、池山とのマッチレースになると、常にリードを保った落合が34本で逃げ切り。池山も健闘したものの31本だった。
 
「その前年は40本打ったのに、42本のラリー・パリッシュ(当時・ヤクルト)にタイトルは持っていかれた。でも、この年は34本でも獲れる。それがタイトル争い。中でも本塁打と打点は、獲り方を知っている人間が圧倒的に有利なんだ」
 
 そして、タイトルを手にすることの価値を説く。
 
「タイトルは野球人生を変える。だからこそ、必死になって獲りにいかなきゃいけない」
 
 落合が繰り広げたようなワクワクするタイトル争いを今季も見たいものだ。
 
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