【ドラ1の知られざる苦悩】元巨人・辻内崇伸(2)1試合19奪三振で評価急上昇も「あれは奇跡」
2022/10/13
産経新聞社
夏の甲子園前、注目の投手に挙げられるまでに成長
2005年、大阪桐蔭は大阪府大会を勝ち抜き、甲子園出場を決めている。
大会前の朝日新聞は〈注目の投手〉という特集記事で、辻内の名前を真っ先に挙げている。
〈投手は大阪桐蔭の二枚看板が目を引く。最速150キロを超えるというエース辻内は183センチの大型左腕。右腕の中田は1年生ながら140キロ台後半の速球を武器とする。1日の甲子園練習では、その球威を披露し、スタンドを湧かせた〉(2005年8月2日付 朝日新聞)
しかし、期待の大型左腕の甲子園初戦は苦いものとなった。
被安打こそ5だったが、6つの四球を与えるという乱調ぶりだった。5回2死までに5点を失い、中田にマウンドを託している。試合は9対7で春日部共栄に辛勝した。
辻内の本領が発揮されたのは、続く藤代戦だった。9回19奪三振を記録、1試合最多大会記録に並んだのだ。
辻内はあの試合を振り返り、どうしてあれだけ三振がとれたのかわからないと首をひねる。
「相手の(バッターの)気持ちになったことがないからわからないんですけれど、なんであんな高めのクソボールを振るんですかね。なんで振ってくれるんやろな、ラッキーと思いながら投げてました。絶対に打たれないという自信? なかったです」
さらに「絶対なかったです」と念を押した。
「ホンマにあれ、奇跡なんですよ」