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クロマティが嘆く日本プロ野球の組織図。夢を追い海を渡った若者と孤立した指揮官の溝【『サムライ・ベアーズ』の戦い#5】

皆さんは、かつて巨人で活躍したクロマティが、アメリカの独立リーグで日本人だけのチームの指揮官として戦っていたことをご存じだろうか。そのチームは『ジャパン・サムライ・ベアーズ』と名づけられた。

2017/01/29

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阿佐智



あのシーズンはいい経験だった

 その名がなかなか出てこないクロマティに、私はその選手の名前を告げた。上野啓輔。サムライ最年少だった長身の投手は、2005年のあのシーズン終了後、テキサス・レンジャーズと契約し、3シーズンプレー。その後、日本の独立リーグを経て、東京ヤクルトスワローズに育成選手として入団している。
 
「そうそうケースケ。彼が一番印象に残っているよ。メンタルが強かったのかな。彼はいいピッチャーだった。グッドファストボール、グッドブレーキングボール」
 
 しかし、実際あの時、クロマティはその上野をクビにしようとしていた。そんなことは彼の記憶のかなたに消えてしまったようだった。それを必死になって制止した投手コーチの堀井恒雄についても、クロマティの脳裏には美しい記憶しか残っていないようだった。堀井とクロマティは、チームの方針を巡って毎晩のようにやり合っていた。
  
「堀井はいいコーチだった。いつもスマイルね。彼は(横浜大洋)ホエールズ(現在の横浜DeNAベイスターズ)でプレーしてたんだろ?。私の記憶にはないけれど、私と同時期にセリーグにいたんだ。彼とはホテルなんかでもよく野球のことを話したよ」
 
 クロマティの話は、選手から聞いていた印象とは随分違っていた。クロマティはシーズンを終えることなく、終盤に監督を解任されている。それでも、メンバーたち同様、彼の中でも、あの夏の記憶は美しいものに変わっていた。12年の月日とはそういうものかもしれない。
 サムライのメンバーでコンタクトをとるのは、投手の長坂秀樹くらいだという。
 
「あれから会ったこともないけど、彼らが元気なことを望んでいるよ。もう他のメンバーの名前は、ほとんど覚えていないなあ。でも、顔を見ればわかるよ」
 
 あの2005年のシーズンから数年後、サムライ・ベアーズを取り上げたドキュメンタリー映画の上演会が行われた。サムライ・ベアーズのトレーナーだった友広隆行とレギュラー捕手の石橋史匡はその上演会に出席したが、クロマティは彼らとすれ違っても全く気づかなかったという。クロマティは、サムライ・ベアーズからメジャー球団と契約したのは1人だけと言ったが、実際は上野のほか、この石橋もあの夏から3年たった2008年、ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んでいる。クロマティがそのことを知らないのは仕方がないと言えば、仕方がないが、そのことはそのまま、クロマティが「教え子」とその後の接触をとっていなかったことを示している。
 
 おそらく実態としてのサムライベアーズは彼の記憶の奥底に沈殿してしまっているのだろう。それでも、クロマティは、あの夏を素晴らしかったと言う。
 
「私にとっても、彼らにとっても、あのシーズンはいい経験だったに違いないよ。アメリカで、2Aや3Aの選手たちと対戦できたんだからね。そう、私は彼らのカントクだったんだ。機会があれば、もう一度彼らとやりたいね」
 
 2005年夏、シーズンをともに戦った元メジャーリーガーと、無名の日本人選手の間には確かに大きな溝があった。選手たちは監督の無能ぶりに愛想をつかし、監督は選手の技能の低さをなじった。しかし、それもある意味仕方ない。指導者経験のない元スター選手とアマチュアでもさしたる実績のない選手たちの集団が、野球の本場、アメリカのプロリーグで90試合を戦うことが無謀だったのかもしれない。それでも、彼らは確かにシーズンを最後まで戦った。灼熱のアリゾナの砂漠のひと夏を走り切った。時が過ぎた今、彼らの記憶は昇華され、双方にとって美しい思い出となって残っていた。
  
 あの夏からすでに12年になる。クロマティが夢見た指導者の夢も、選手たちが追いかけた「プロ野球選手」という夢も、結局のところ叶うことはなかった。あのチームから誰一人としてメジャーに舞台にも、日本のプロ野球の一軍の舞台にも立つことはなかった。クロマティと未熟なサムライたちが追いかけた夢は、砂漠に浮かぶ蜃気楼だったのだろうか。
 
 今年もまた、多くの野球ファンの知らないところで、日本人の若者が無謀な夢に挑戦すべく海を渡るだろう。アメリカに行くことがあれば、メジャーリーグだけでなく、田舎の小さな野球場を覗いて欲しい。そこには、泥まみれになって白球を追いかけるサムライがいるかもしれないから。

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