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叱ると怒るは本当に違う? なぜスポーツ現場で体罰がなくならないのか【脱・叱る指導】

2025/03/22 NEW

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指導者の「最上位目的」を考える

 
 スポーツ指導の現場は、叱る行為が多用されやすい環境が整っていることも理解しておいたほうがいいでしょう。
 
「権力格差」(指導者と選手)が明確なうえに、「密室性」が高い。外部の目が入りにくく、指導者の言葉が強く通りやすい環境であるのです。
 
 裏を返せば、叱る指導を手放すカギは、「権力格差」と「密室性」を意図的に緩めることです。選手が練習メニューを決めるなど、自己決定の場面を増やしていく。自己決定できる喜びや学びは、大人が思っている以上に大きなものがあります。
 
 指導者としての「最上位目的」を明確にすることも、大切な要素になります。「哲学」や「信念」と置き換えてもいいでしょう。競技を通して、どんな力を身に付けてほしいのか。
 
「何が何でも勝ちたい」
 
「選手たちの考える力を育みたい」
 
 最上位目的が曖昧な人ほど細かいことにこだわり、叱りたくなる傾向にあります。「選手たちの考える力を育みたい」と思うのであれば、選手自身が創意工夫し、試行錯誤できる環境を整えようとすると思います。
 
「そのやり方では成長するまでに時間がかかる」と思われる指導者がいるかもしれませんが、人の成長とは元来、時間がかかるものです。時間をかけた分、自分で考えて、決めて、試行錯誤する学びの中で、何かコツを掴んだときには、飛躍的に伸びていく可能性があります。
 
 生来的に、「処罰欲求」を持つからこそ、「叱る指導」を手放すのは難しいことですが、「罰では人は学ばない」のもまた事実です。指導者として、叱りたくなる欲求との付き合い方、手放し方を考えることが、今まで以上に大切になっていくはずです。
 
 
村中直人(むらなか・なおと)
1977年生まれ。臨床心理士・公認心理師。
一般社団法人子ども・青少年育成支援協会代表理事。Neurodiversity at Work株式会社代表取締役。人の神経学的な多様性に着目し、脳・神経由来の異文化相互理解の促進、および働き方、学び方の多様性が尊重される社会の実現を目指して活動。2008年から多様なニーズのある子どもたちが学び方を学ぶための学習支援事業「あすはな先生」の立ち上げと運営に携わり、「発達障害サポーター’sスクール」での支援者育成にも力を入れている。現在は企業向けに日本型ニューロダイバーシティの実践サポートを積極的に行っている。著書に『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊国屋書店)、『「叱れば人は育つ」は幻想』(PHP研究所)、『ニューロダイバーシティの教科書――多様性尊重社会へのキーワード』(金子書房)がある。
 
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【須江航×村中直人特別対談3回目】 苦痛神話は間違い。本当の厳しさとは?
 

書籍情報


『脱・叱る指導 スポーツ現場から怒声をなくす』
定価:1980円(本体1800円+税)

時代遅れの指導はなぜなくならないのか?
ベストセラー「<叱る依存>がとまらない」の著者が質す
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特別対談収録
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池上正(サッカー指導者)
萩原智子(元日本代表競泳選手)

 
【了】

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