日曜劇場『下剋上球児』原案 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル#1 たったひとりの野球部員
2023/10/10
菊地高弘
運動部は真面目で目立たない
1年前、隆真が中学3年生だった2011年のある日、自分が通う久居西中学校に高校野球部の監督が来てくれた。
「白山に来いや」
監督はそう言ってくれた。かつては強豪校でコーチを務め、白山高校に赴任してきた若く熱心な先生だった。といっても、隆真は注目されるような選手ではない。中学時代に所属した強豪硬式クラブチーム・三重ゼッツでは、周囲の高いレベルに圧倒されっぱなし。3年間、ベンチを温め続けていた。
その分、「試合に出たい」という思いは人一倍あった。この監督のもとなら、試合に出られるかもしれない……。そんな希望が頭の中にふくらんだ。
それと同時に不安も渦巻いた。「白山高校」という学校に対して、いいイメージがなかったからだ。
――白山か……。いい評判は聞かんし、どうせヤンキーばっかりなんやろうな……。
それでも、最終的には「試合に出たい」という思いが勝った。監督からは「部員が足りやんから1年生から試合に出られるし、試合を経験できて成長できるから」とも言われていた。
白山高校に入学すると、野球部以前に噂通りの学校の荒れように戸惑った。全校生徒の90パーセントはクラブに所属しない、いわゆる“帰宅部”。部室は空き部屋だらけだった。校内のトイレに行けば、ヤンキーが何食わぬ顔でタバコを吸っている。校内の集会があれば、生徒の大多数が整列せずにバラバラとだらしなく並ぶ。体育館の壇上に誰かが立てば、ヤンキーたちは誰彼構わずヤジを飛ばし、傍若無人に騒いだ。
隆真にとってとくに印象的だったのは、ヤンキーは懸命に努力する者に対して辛辣だったことだ。とくに運動部員は「やったって意味ないやろ」と馬鹿にされた。
2011年から白山高校に赴任していた家庭科教諭の川本牧子は言う。
「体育祭でも運動部の子が目立たないんです。運動部の子は学校では目立たない、真面目な子たち。運動神経のいい子は、だいたい部活をしていないんです。普通の学校なら逆ですよね」
運動部に所属するような生徒は、白山高校のなかでは「真面目」と見られ、むしろ異端の存在だった。