日曜劇場『下剋上球児』原案 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル#1 たったひとりの野球部員
2023/10/10
菊地高弘
コールド負けの1年夏、事実上の休部状態へ
それでも、隆真には野球という大きな支えがあった。監督の「1年生から試合に出られる」という言葉通り、1年生から外野のレギュラーとして起用された。飢えていた実戦を経験して、隆真は自分がうまくなっていく実感を覚えた。
1年夏の三重大会は「7番・ライト」で試合に使ってもらえた。初戦で対戦した相手は上野高校。公立進学校ながら、2年前の2010年夏には三重大会ベスト4まで進出している強敵だった。熱心な監督がいるらしいとは聞いていた。
白山は部員12人が全員ベンチ入りしているのに対して、上野はベンチ入りの定員20人に入り切れなかったメンバー外部員が大勢スタンドで応援していた。試合が始まる前のキャッチボールやシートノックから実力差は一目瞭然だった。
試合は序盤から上野に大量リードを許し、0対9で7回コールド負け。隆真に回ってきた打席はわずか2打席で、ノーヒットに終わった。
それでも、自分にはあと2回も夏の大会がある。気持ちを切り替えて練習に励んでいた隆真だったが、そのなかで気がかりもあった。部員たちと監督の間に温度差が生まれていたことだ。
かつては甲子園に出るような強豪校にいた監督は、白山でも選手たちを厳しく指導した。自費でマイクロバスを購入し、遠征に連れていってくれる監督は、隆真には「熱い先生」と好意的に映っていた。だが、そう受け取らない部員もいた。部員が少ないなか、強豪校ばりに長時間ノックを浴びせ、ティーバッティングを強いる監督に対して、次第に不満がたまっていった。
そこへ保護者の介入もあり、監督の立場はどんどん危ういものになっていった。そうしたトラブルが重なり、監督は謹慎へと追い込まれてしまう。
部員は自分たちで活動を続けたが、「野球ができやんなら、やめるわ」と言ってひとり、またひとりと部を去っていく。最後まで残ったのは、隆真ひとりだけだった。
事実上の休部状態。隆真は「自分もやめようか」と揺れ動きながらも、1カ月あまり孤独な練習を続けた。野球部を続けた理由はただひとつだけだった。
――自分がやめたら、野球部は廃部にされてしまう。
学校内では、部員がゼロになった時点で廃部になるという噂があった。意地でもやめられん……。そんな思いで隆真はひとり、ネットに向かってボールを投げ続けた。