日曜劇場『下剋上球児』原案 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル#1 たったひとりの野球部員
2023/10/10
菊地高弘
名将との出会い
だが、自分ひとりがいくら頑張ったところで、野球は9人がそろわなければ試合すらできない。春になって1年生が入ってきたとしても、人数が9人そろうかは怪しい。そもそも指導者すらいない状況なのだ。
次第に、隆真の心にネガティブな疑念が折り重なっていく。徐々にグラウンドから足が遠のくようになり、練習も休みがちに。そして新学期を間近に控えたある日、隆真のなかで何かが弾けた。
――もうええわ!
自分が白山高校に入学したのは、大好きな野球を存分にして、試合に出たいからだった。その希望が失われつつある今、隆真を支えるものは何もなくなっていた。
隆真は、それまで丸刈りにしていた黒髪を金色に染めた。校則で頭髪を染色することは禁じられていたが、「高校なんてどうでもええ」と投げやりになっていた。
真面目で通っていた隆真の豹変ぶりに、教師たちは「急にどうしたんや!」と驚いた。隆真の自宅では、2学年下の弟・真朔もその変化に戸惑っていた。
「兄ちゃん、メッチャグレとんな……」
しかし、そんな反抗期も長くは続かなかった。わずか1週間ほどで隆真は「野球部に監督が戻ってくる」という噂を耳にする。退部していった1学年上の先輩たちも集まり始めたという。隆真は染めたばかりの金髪の頭を五厘刈りに丸め、再びグラウンドに駆けつけた。練習に参加していたのは、隆真を含めて5人だった。
隆真たちが打撃練習をしていると、見慣れない若い男性がグラウンドにやってきた。男性は「東」と名乗り、新年度から野球部の監督につくことを部員たちに告げた。てっきり謹慎の解けた監督が戻ってくるものと思っていた隆真たちは驚いたが、その妙に接しやすい新監督に親しみを覚え始めていた。
――なんや、熱そうな先生やな。熱血なんかなぁ?
驚くことに、この新監督は前年夏の大会で白山がコールドで敗れた上野高校の監督だった。
新監督は部員数も少ないため、まずは雑草だらけのグラウンドなど環境面から変えていこうと選手に告げた。なにしろ、ホームベースが土中に埋まっているようなありさまだったのだ。そして、東は突然、誰も想像しない言葉を口にした。
「ここから甲子園に行こうや!」
隆真たち5人の部員は目を見合わせ、ただただ戸惑うばかりだった。
(第2回につづく)
書籍情報
『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』
定価:本体1500円+税
10年連続、県大会初戦敗退の弱小校 かつて県内で一番対戦したくない 〝荒れた高校”がまさかの甲子園!?
「一生覚えとけよ。こんだけの人が、お前らを応援してくれてんだぞ」
2018年夏の甲子園に初出場した三重県立白山高校。 白山高校は、いわゆる野球エリート校とは対照的なチーム。 10年連続県大会初戦敗退の弱小校。「リアル・ルーキーズ」のキャッチフレーズ……。
そんな白山高校がなぜ甲子園に出場できたのか。 そこには、いくつものミラクルと信じられない物語が存在した。
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『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』
【著者紹介】
菊地高弘
1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、ライターとして独立。 『中学野球太郎』誌上では打者として有望中学生投手と真剣勝負する「菊地選手のホームランプロジェクト」を連載中。 著書に『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)、『野球部あるある』シリーズ(「菊地選手」名義/集英社)がある。 Twitterアカウント:@kikuchiplayer