日曜劇場『下剋上球児』原案 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル#2 絶望的な異動
2023/10/10
菊地高弘
暗澹たる状況
白山異動の内示が出たその日、東は白山へと車を飛ばし、野球部のグラウンドへと行ってみた。
グラウンドに面した道沿いには営農組合の事務所があり、通信会社の高いアンテナが建つ以外には、田畑やビニールハウスが広がるだけ。土手からグラウンドが見渡せる細い農道に車を停め、東はグラウンドを眺めた。
面積だけなら甲子園のフィールドよりも広いだろう。だが、日の沈みかけた広大なグラウンドには誰ひとりとして姿はなく、ひっそりと静まり返っていた。
誰も手入れをしていないのだろう。内野部分にはところどころ雑草が生え、ホームベースは見当たらず、各塁のベース部分には花壇が3つ置かれていた。さらに外野部分はヒザほどの高さまで雑草が伸び、とても野球の試合ができるような状態ではなかった。
――これは想像以上にやっかいやぞ……。
東のなかで、早くも後ろ向きな感情が湧いてきた。周囲の人間に異動先を告げると、ほぼ全員が同じように苦笑して、「東くん、あきらめな」と諭された。
「次の異動願を出して、なるべく早く次の高校に行ったほうがいいんじゃないか? 白山ではおとなしくしておいたほうがいいよ」
相談した他校の指導者仲間は、異口同音にそう言った。校長が言うように、やはり白山では無理なのか……。
暗澹たる状況に沈む東だったが、ただひとりだけ「よかったやないか!」と祝福してくれる人物がいた。それは異動直前に練習試合を組んでいた、滋賀県の野洲高校の監督を務める奥村倫成だった。奥村はこう続けた。
「やりたい放題できるから、むしろチャンスやで!」
奥村は東よりも年齢が3歳上ながら、ともに高校卒業後は体育系大学受験専門の予備校・体育進学センターに通ったという共通点があり、互いに親近感を覚えていた。さらに、奥村は初任の大津高校を公立進学校ながら滋賀ベスト8まで引き上げ、学力の低い野洲に異動している。そんな境遇も東と似通っていた。
「へこんでる場合ちゃうやろ! なんでも教えたるから、練習試合の前の晩から泊まりでこいや!」
奥村に促されるまま、東は練習試合前日から野洲へと向かった。