履正社、初Vに向け今夏大きく変化。岡田監督は新スタイルに手応え「作戦に幅が出てきた」【全国高校野球】
第101回全国高校野球選手権大会は17日、第11日第1試合で履正社(大阪)が高岡商(富山)を9-4で破り、準々決勝進出を決めた。3年連続夏出場の強豪相手に、履正社は今夏の新たなスタイルで打ち勝った。
2019/08/17
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履正社スタイルが確立した背景
その背景にあるのは創部当時の練習環境だ。
山田哲人やT‐岡田と言ったセ・パのホームランキングを唯一出している履正社は、今でこそ、学校から20分のところにある専用球場を有しているが、かつては、学内にある小さなグラウンドで研鑽の日々を送っていたのだ。
岡田監督がかつてこんな話をしている。
「僕が履正社に赴任した当時はグラウンドが狭い上に、全面を使えるのが週2回、内野だけが1回、使えない日が2回、土日は、基本的に練習ができるのは15時半からで日曜日は昼からでした。
サッカー、ラグビー、軟式野球部など色々あったので、初出場を果たすまではグラウンドが思うように使えませんでした。選手の質も、バットに当たっても外野のネットにも当たらんようなチームでした。
だから、当時はランナーを送って、相手のミスを待つ野球をしていたんです。守備を重視したかったというより、打つだけの練習をしていても勝てないという想いがあったので、守備・走塁・バント、この3つを確率の高いものにしていこうと目指しました。自分たちに力がないから、こういう野球をしていた」
そのため、履正社の甲子園での戦いは「守備と走塁・バント」を駆使するスタイルが確立されてきた。
ただ、甲子園初出場を果たしたのちに専用グラウンドが完成。コーチングスタッフも一人体制から年を追うごとに増えていった。それによって結果も変わり、入部してくる選手も様変わりしてきた。
しかし、それでも頑なにスタイルを変えようとしない岡田監督が存在したのも事実だった。
2014年春の選抜のことだ。
初めて決勝戦に進出したのだが、現在はヤクルトに入団した中山翔太にスクイズを命じて失敗。結果、流れを失って準優勝ということがあった。それでも、岡田監督は「スタイルを変えることはない」といったのだった。