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メジャーでも観たかった…ヤクルト、MLBに行かなかった歴代選手6人

2025/03/10 NEW

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産経新聞社



(左から)宮本慎也、古田敦也、川崎憲次郎

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 近年は多くの日本人選手が海を渡り、メジャーリーグの舞台で活躍している。長いプロ野球の歴史を振り返ると、「もしメジャーに挑戦していれば、どのような成績を残していたのか?」と想像が膨らむ選手も少なくない。そこで今回は、MLBでのプレーを観たかったとの声も多い東京ヤクルトスワローズの歴代選手を紹介したい。

 

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川崎憲次郎

ヤクルト・川崎憲次郎
投打:右投右打
身長/体重:182cm/87kg
生年月日:1971年1月8日
経歴:津久見高
ドラフト:1988年ドラフト1位

 
 ヤクルトスワローズで2桁勝利を4度記録し、エースとして輝いた名投手が、川崎憲次郎だ。
 
 津久見高校では3年の春夏時にエースナンバーを背負い、甲子園で名勝負を演じた川崎。1988年ドラフト1位でヤクルトへ入団した。
 

 
 高卒1年目から完封勝利を含む4勝をマークすると、1991年には25試合に登板し、14勝9敗、防御率2.91の好成績を残し、前年から2年連続となる15完投(3完封)を記録した。
 
 1994年以降は故障もあり不振に陥ったが、1998年には28試合登板、17勝10敗、防御率3.04をマーク。見事に復活を遂げ、最多勝、沢村賞に輝いた。
 
 2001年にはフリーエージェント(FA)権を行使。当時はメジャー球団も興味を示していたが、最終的に中日ドラゴンズへの移籍を決断した。
 
 しかし、新天地では度重なる故障に悩まされ、登板したのは2004年の3試合のみ。中日では未勝利のまま、2004年限りで引退を表明した。
 
 故障もなく、メジャーリーグへの挑戦を選択していれば、どのような道を歩んでいただろうか。

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