フィリーズのトレーナーを務めた日本人 メジャー仕様の体づくりよりも求められるのは適応能力
今季ドミニカ共和国のウインターリーグでプレーした日本人は、すでに帰国した中日の又吉克樹だけだったが、実はトレーナーとして帯同している日本人がいる。レオーネス・デル・エスコヒードでトレーナーとして活動されている北野一郎氏だ。
2014/12/22
Yasumitsu Takahashi
日本人は筋肉の強さや量では劣る反面、柔軟性という面では優れている
北野氏は10年間アメリカを拠点に活動し、MLBのフィリーズでトレーナーを務めた。昨シーズンからは、オフシーズンを利用しドミニカ共和国ウインターリーグにも活動の場を広げている。ウィンターリーグに参加していた北野氏に話を伺った。
――昨シーズンからドミニカ共和国でも活動されていますが、その経緯は?
自分のキャリアアップも兼ねて本当はもっと前から来たかったんです。ただ、チャンスがなくて……昨年、フィリーズからドミニカ行きにOKが出たこともあり、フィリーズにいるドミニカ人コーチを通じてエスコヒードを紹介してもらいました。
私自身がヘッドトレーナーという立場でやらせてもらえることや、スペイン語の習得という点でも貴重な経験になると思い、こちらに来ました。今、米球界ではドミニカやベネズエラなどラテン系の選手が本当に増えていますからね。スペイン語を話せるというだけで、トレーニングルーム、ウェイトルームといった場で選手とコミュニケーションが取りやすくなります。
英語を話す選手も多いですが、やっぱり母国語を話す心地よさは別物ですし、ドミニカという国を肌で知っていれば、選手も喜んでくれます。当然、英語が話せない選手にはスペイン語で声を掛けてあげられますしね。とにかく選手との距離感・信頼感が全然違ってきます。
――ここの仕事環境はいかがですか?
メジャーとは比べられないですね。施設から何から、メジャーはなんでも揃っていますから。ここは、遠征に出るとトレーニングルームなんてないですし、ロッカールームとダグアウトの間にテーブル1台置いての作業という感じなんです。
ただ、マイナーリーグもそうですが、ここのように色々と限られた条件の中で仕事するというのは好きなんです。その分だけ頭を働かせなければいけないですし、そういう意味でのやりがいはすごくありますね。
――白人系、黒人系、日本人など様々なタイプの体を見てきたと思います。身体的な差というのは感じますか?
やはり黒人は筋肉のつき方がいいですね。ドミニカ人の場合はアフリカ系とヨーロッパ系の混血が多いこともあり、黒人と白人の中間という感じですね。先天的な筋力の強さはあると思います。
ただ筋力の有無で野球をするわけじゃありません。大事なのはその使い方ではないでしょうか。
日本人は筋肉の強さや量では劣る反面、柔軟性という面では彼らより優れていると思います。細い木は曲がったりしなりやすいですが、太い木は曲がらないのと同じです。日本人は小さいころから、運動の前にきちんと柔軟体操やストレッチをする習慣があるのも大きいかもしれませんね。
――メジャーの一流選手には、身体能力的な部分や、ボティケアに関する部分で何か共通する点などあったりするんでしょうか?
一概には言えないです。一流の選手でも体の硬い人はいます。
ただ、うちのチームでいうと、ケガをする前のクリフ・リー(2008年のサイヤング賞投手)の体はスゴイと思いましたね。白人ですが、筋力の強さ、柔らかさには驚かされました。柔軟性もあります。
彼は田舎の出身で、小さいころにまき割りなんかをしていたそうで、そうした日常の生活の中から自然と強い体が作られたのでしょう。ボティケアの面も一括りにできるようなものはないですね。
もちろん、お金のある選手になると個人的に酸素カプセルを購入している人もいますし、そういう部分でのすごさは感じます。
ただ、メジャーの選手たちは固い、柔らかいとか、○○筋、○○骨はどうだとか、そこまで複雑に考えていないですね。
メジャーの野球は力でやっている部分も大きいですし、こうした点においては日本人選手の方が自分の体や動きに対して繊細ですね。〝○○が足りない〟〝○○の動きができない〟といったことに対して気づいて、自分で研究するという姿勢は日本人のほうがあると思います。なので、日本ではたくさん売られている野球技術のメカニズム解説の本なんかも、こちらでは見かけません。
――トレーナーの世界も、選手の世界同様にマイナーから順に階段を上り、メジャーへと昇格していくものなのでしょうか?
トレーナーも、選手同様に経験のない人間はやはり下からスタートすることになります。しかし、入った順に上がっていくという年功序列的なところもあるので、上のクラスの人が抜けないとずっと下でやることになるというケースもあったりします。私の場合は、幸運なことに1Aからいきなりメジャーに上がることができました。
――1Aからいきなりメジャーですか?!
もちろん、タイミングという部分もありましたが、〝私はこういうことができますよ〟ということは積極的にアピールしましたね。他のトレーナーたちと同じことしかできないのならその人でいいわけですし。チームとしても、ただ同じスキルのトレーナーを送られても困りますよね。なので他のトレーナーにできないスキルを見つけ、身につけ、かつそれが選手に対して効果的であることをチーム理解してもらうためのアピールはしました。
――ベンチから野球を見ていても、選手のフィジカル的な変化とかには気づくものですか?
「体重が乗っていないな」「故障隠してるな」とかはわかりますよ。ただ、仕事の領域上、僕らから監督やコーチに選手の起用法について進言をすることはありませんし、技術的な指摘をすることもありませんね。
――リハビリやトレーニング指導に専念ということですね。
そうですね。ケガを予防するというのも仕事のひとつです。マイナーからきちんとそのためのトレーニングをしますし、移籍選手に関してはメディカルチェックを徹底しています。うちのやり方が正解とは思いませんが、フィリーズに関して言えばこの数年間、トミー・ジョン手術を受ける選手を出していません。既往歴のある選手の獲得の判断も仕事のひとつです。日本球界は特に外国人や新人獲得の際のそうした判断については少し甘いのかなという印象はあります。