フィリーズのトレーナーを務めた日本人 メジャー仕様の体づくりよりも求められるのは適応能力
今季ドミニカ共和国のウインターリーグでプレーした日本人は、すでに帰国した中日の又吉克樹だけだったが、実はトレーナーとして帯同している日本人がいる。レオーネス・デル・エスコヒードでトレーナーとして活動されている北野一郎氏だ。
2014/12/22
Yasumitsu Takahashi
二刀流の大谷選手は、野手よりの体つきになっているのでは?
――トレーナーと選手と立場は違いますが、日本人選手がメジャーリーグで成功するために必要なものは何だとお考えでしょうか?
適応性でしょうね。生活、言葉、食べ物、移動、グラウンドなどすべて違いますからね。そうした違いに早く適応できるというのは大事だと思います。でもこれが大変なんです。
――では、フィジカル的な部分で必要な体づくりというのはあるのでしょうか?
メジャーに行くからといって、別にメジャー仕様の体とかにする必要はないでしょう。体当たりしにいくわけじゃないですからね。単に増量したところで急に球が速くなるということではありませんし、日本でやっていた通りでいいと思うんです。
すでに技術は持っているわけですから。それは白人だろうと黒人だろうと日本人だろうと同じでしょう。個々の能力、体格、柔軟性も違いますし。
ですから、〝日本人は○○を鍛えるべき〟という答えは出せないですね。それがわかればみんなやりますよ(笑)。
なので、トレーニングの内容を変えるということよりも、例えば投手なら中6日が中4日、5日になるといった環境の変化にアジャストすることの方が大事じゃないでしょうか。ボールも、芝も土もマウンドの硬さも違うのでそういう部分に適応し、きちんと体のケアを行うことが大事だと思いますよ。
――ただ一般的に、メジャーに挑戦する選手は増量する傾向が強いようにも感じます。
アメリカで生活していた人間からすると、アメリカの生活環境は自然と体が大きくなりやすいと思うんですよ。つまり、練習量も少ない、休みも多い、食べ物のカロリーも高い、そしてトレーニング環境は整っています。
選手なら、そういう中で自分にあったウェイトを作ればいいのではないでしょうか。ただ体重を増やした結果、成績が落ちたりした場合、アメリカでもそこは叩かれますよ。かといって減量すればいいというわけでもありません。
例えばフィリーズのライアン・ハワード(ナリーグ2度の本塁打王)の場合ですが、彼は減量に踏み切った結果、成績を落としたんです。そして今度は増量に取り組んだら膝を悪くしてしまった。で、来年に向けて再び減量にチャレンジするようです。
――日本人選手は投手のほうが野手よりも成功しているケースが多いですが、フィジカル的な部分で関係はあるのでしょうか。
あくまで私個人の意見ですが、野手のほうがより多く受動的な応対に直面する機会があるからではないでしょうか。例えば投手なら、ボール、マウンドの高さなどに対応しなければいけませんが、こうしたことは自分の感覚でアジャストできます。
しかし、打者は初見の投手との対戦が続く中で、日本時代には見たことのない変化球などに対応しなければなりません。なので、フィジカル的な部分で〝日本人は投手のほうが向いている〟とは言い切るのは難しいと思います。
――日本球界では大谷翔平選手の二刀流が話題になっています。
投手と野手ではトレーニングの内容が違います。野手は特に避けたほうがいいというものはないのですが、投手に関してはあまり胸に筋肉をつけない(胸を固めない)ほうがいいので、そうしたトレーニングは勧めていません。チームの方針もありますし、彼がどのようなトレーニングを行っているかわかりませんが、こういう流れの中で、例えばより野手的な体つきになるということは考えられると思います。
――フィリーズの日本人選手というと、これまでに井口選手と田口選手が在籍していましたが、接点はあったのですか?
井口選手とはご挨拶程度でしたが、田口選手とは2008年のスプリングトレーニングで一緒に過ごす機会がありました。田口選手が日本から持ってきていた足のマッサージ機をほしがる選手が結構いましたね。あと、田口選手の影響で五本指ソックスがチーム内に流行しました。踏ん張りがきくようですね。今でも使っている選手がいますよ。
――トレーナーとして達成感を感じる瞬間はどんな時でしょうか?
ひと言では表現できないですが、例えば、ケガをしていない選手なら、ケガなくその日の試合を終えてくれればそれだけでうれしいですし、また、ケガをしている選手なら、そういう選手がリハビリを終えて復帰するというのは、一連の過程を見てるだけにうれしくなります。それが自分の担当している選手ならなおさらです。そして最終的にチームが勝ってくれればベストです。
――来年から、活動のフィールドを日本球界に移すとのことですが、いつかは日本でという思いはあったのですか?
それはありました。アメリカ球界でちょうど10年働いたという部分でひと区切りついたという気持ちもありました。
――今後、日本でチャレンジしてみたいことはあるのでしょうか?
アメリカやドミニカで非常にいい経験を積むことができました。でも、アメリカで行われていることがすぺて正しいというわけではないですし、アメリカのいい部分、日本のいい部分をミックスして仕事ができればと思います。それが選手にも、同業のトレーナーたちにとってプラスになってくれればと。
――最後にトレーナーの立場から野球をしている子どもたちにメッセージをお願いします。
トレーナーがこう言うのも変ですが、何でもトレーナーを頼りにするよりも、〝こうしたらこうなる〟〝こういう時はこうしよう〟というように、まずは自分で自分の体をよく知ることが大事だと思います。
もちろん、最終手段として僕らのところに来てもらうのは構いません。でも、チームや環境が変わればトレーナーも変わりますし、対処の仕方も違うでしょう。そういう時にも自分で対処できる能力があるのは大きいと思います。若いうちから自分の体について考えることを身につけてもらいたいですね。
元々体育教師を目指しながら野球をプレーされていた北野さん。大学時代にケガをされ、リハビリを経験する中でトレーナーの世界に興味を持たれたとのこと。そして、その後の10年にわたるアメリカとドミニカ両国の活動の中で身につけてきた経験は計り知れない。そうした人間的な豊かさや引き出しの多さをインタビューを行う中で感じさせられた。来年からは活動の舞台を日本球界に移されるという。北野さんの貴重な経験が日本球界に還元されることを期待してやまない。
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北野一郎(きたの・いちろう)
1977生まれ。大阪府出身。大学卒業後に渡米し現地にて大学院を卒業。インターンで訪れたフィラデルフィア・フィリーズにそのままアスレティック・トレーナーとして在籍。フィリーズ傘下の1Aを経て、2011年よりMLBのフィリーズで活動。2013-14シーズンからはドミニカ共和国のエスコヒードでも活動。2015シーズンからは活動の場を日本球界へと移す予定。