運動科学から見た、投手・大谷翔平の凄さ。肩甲骨の自由度が生み出すスピード・球威とコントロール
MLB1年目の大谷翔平選手が、期待以上のパフォーマンスを発揮できている。運動科学研究の第一人者であり、5月7日に『肩甲骨が立てば、パフォーマンスは上がる!』を上梓した高岡英夫氏は活躍の理由として”肩甲骨の使い方”を挙げる。
2018/06/26
Getty Images、運動科学総合研究所
野球でいう”タメ”が自然にできる
大谷選手は二刀流ですから、バッティングを見たら、次にピッチングも見ていかなくてはいけません。
ピッチングについてはバッティングに比べその長い運動プロセスの多くの局面において、肩甲骨が肋骨からはがれて自由に動ける、つまり「立甲」していることが必要です。ここでは紙面を有効利用するためにテイクバックの局面から順番に見ていくことにしましょう。
まずは、テイクバックの局面です。私は「テイクバックダウン」と呼んでいますが、腕を後ろに引いて腰くらいの高さにボールが来るタイミングで、肩甲骨は肋骨からはがれる、つまり立甲します。そこで何が起きるかというと、前回のバッティングの話でも説明したように、肩関節から肩甲骨を含む、周りの大きな筋肉全体が肋骨からはがれて甲腕一致し、力が抜けてダラー、ズルズルとゆるんでくるのです。
この状態にある選手は、肩甲骨周りが脱力してゆるんでいるので、その外側にある上腕や前腕の筋肉も脱力ができています。脱力は体幹に近い筋肉ほど難しくなるので、体幹の中にある肩甲骨やその付近の筋肉が脱力できていると、上腕、前腕の脱力もできやすいのです。
テイクバックダウンは後方の下向きに行っていますから、地球の重力にしたがって全体的に腕が垂れた状態になります。この後、軸足に乗って体幹が体軸を中心に軸回転しつつ前方、つまり捕手の方向に移動していきながら、それと同時に上腕も肩の高さまで上がっていこうとします(前腕は上腕より低い位置に垂れている)。全体として見ると、腕に対して腕を捕手方向へ引っ張っていこうとする下半身から体幹の運動があり、さらに、腕は捕手方向かつ上方向に引っぱり上げられ、移動させられます。このとき、肩甲骨周り、肩周り、腕の筋肉がゆるんでいると、腕とボールが元々あった後ろ下方の位置に理想的に残ろうとするのです。もし、これらの筋肉に力が入っていると、体幹が移動しようとするとすぐに一緒についていってしまい、腕とボールが残らなくなってしまうのです。
ところが、大谷選手はいまお話ししたように、肋骨の外、肩甲骨周りの大きな筋肉や腕全体がブラブラに脱力していますから、元の位置に残ろうとする働きが強く生じます。このように物体が元の位置に残ろうとする力を「停止慣性力」といいます。自由に存在している物体は、他から力を加えた時に大きな抵抗力を持ってその場に残ろうとするのですが、これが実は、野球で言う“タメ”の一つの原理なのです。