【小島克典の「通訳はみだし日記」】最後の最後まで、チームの勝利だけを欲した人格者・ジーターの素顔
ベースボールチャンネルは、毎週火曜日に、横浜ベイスターズ、サンフランシスコ・ジャイアンツ、ニューヨーク・メッツの3球団で通訳として活躍した小島克典氏による書き下ろし連載をスタートします。小島氏は10月より「ゆるすぽweb」www.yurusupo.comを立ち上げ、2020年の東京五輪に向けてゆるやかなスポーツ文化の醸成を目指します。この「通訳はみ出し日記」では、日米の球界で培った小島氏の経験をベースに、現地メディアの報道や知られざる業界の慣習を、独自の視点で軽やかに紹介してもらいます。第1回目は、昨日引退したMLBの大スター、デレク・ジーター選手についてです。
2014/09/30
Getty Images
誰にでもリスペクトを示す、ジーターの人間性
そんなジーターが声を掛けてくれた、忘れられない思い出がある。2003年のサブウェイ・シリーズでの出来事だ。私は当時メッツの通訳で、試合前の練習ではユニフォーム姿でバッティングピッチャー(BPピッチャー)を兼務していた。
メッツの本拠地シェイスタジアムにやってきたヤンキースが、グラウンドに現れた。試合前の打撃練習はホームチームが先に打ち、ビジターチームはその後で打つのがしきたりだ。
メッツの練習が終わり、ヤンキースにグラウンドを譲るとき、両軍選手はフィールド上で交わりあう。その時、ジーターと目があった。
キャップのひさしに軽く手を添え、アイコンタクトで会釈をくれたジーターが声を掛けてくれた。「コールアップを受けたのか?日本人だろ?」。メッツのユニフォームを来ていた私を選手と勘違いしたのだろう。「いやいや、違うよ。ただのBPピッチャーだよ!」と返答すると、ジーターはエールをくれた。「Welcome to the Big League. Enjoy!(メジャーへようこそ。楽しんでな!)」
ほんの一瞬の出来事だったが、ジーターのたたずまいは映画のワンシーンのように格好良く、10年以上経った今も深く心に残っている。
厳しい競争を勝ち抜いた、選ばれし者だけが袖を通すことを許されるメジャーリーグのユニフォーム。
敵味方に関係なく、監督にコーチ、ベテランにルーキー、裏方にまで平等にリスペクトの気持ちを表すジーターの人間性が、あのひと言に凝縮されていた。ジーターが誰からも愛された理由を、私はあの一瞬で理解できた。
メジャーで仕事をしていた頃は、バリー・ボンズ、ジェフ・ケント、マイク・ピアザなど、何人もの超スーパースターと知り合う機会があった。しかし彼らに共通して言えるのは、打ち解けるまでに時間を要すること。
例えばクラブハウスに早く出向き、その日の相手投手や前回対戦の動画編集を手伝っていた私のことを、彼らが仲間の輪に入れてくれたのは開幕からしばらく経った5月頃だった。
しかしジーターはユニフォーム姿の私を瞬時に見つけて、わざわざ声を掛けてくれた。初対面からあんなふうに受け入れてくれた器量の大きな選手は、ジーター以外に誰ひとりといなかった。
二度と現れることはないであろう、ジーターのような名選手と交われた幸せを思い出しながら、彼の素晴らしい人間性を、私はこれから後世に伝えていこうと思う。