ゲームバランスが崩れる? “一人で”チームを日本一に導いた伝説の5人。プロ野球史で永遠に語り継がれるシーズン
2022/04/17
産経新聞社
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一人でチームを優勝させられる選手がいる。無論、野球はチームスポーツであり、一人で試合に勝利することはできない。ましてや日本一ともなればなおさらである。それでも一人の選手の存在がチームの士気を高め、チームに日本一をもたらした例はいくつもある。今回はそんな伝説の5人を紹介する。
稲尾和久(1958年の西鉄ライオンズ)
一人でチームを日本一へ導いたといえば、西鉄ライオンズの剛腕・稲尾和久による1958年の活躍が印象的だ。シーズン成績だけでいえば、78試合(404回)を投げて、プロ野球タイ記録の42勝を挙げた61年がキャリアハイと言えるだろう。だが、一人で日本一へ導いたとなれば58年になる。
稲尾は、ルーキーイヤーに262回1/3を投げて、21勝6敗、防御率1.06と圧巻の成績で新人王を獲得。2年目の57年はその数字をさらに伸ばし、68試合(373回2/3)の登板で、35勝6敗、防御率1.37を記録。2年連続日本一を経験した。
そして58年、33勝10敗でリーグ優勝に貢献。一人で稼いだ貯金は23を数えた。2位・南海ホークスとのゲーム差は1.0、3位・阪急ブレーブスとも4.5と詰まっており、稲尾の活躍無くして優勝はなかった。
さらに稲尾を伝説にしたのが、宿敵・読売ジャイアンツとの日本シリーズだ。稲尾は第1戦に敗戦投手になると、第3戦では9回1失点で完投するもここでも黒星。3試合中2試合に先発したものの「0勝3敗」と絶体絶命の状況に追い込まれる。
しかしここから、稲尾は奇跡を起こす。第4戦で9回4失点の完投勝利を果たすと、翌日の第5戦では4回からロングリリーフで7イニングを投げ無失点。延長10回にサヨナラ本塁打を放ち、自らのバットで勝利を手繰り寄せた。第6戦は9回完封、第7戦も9回1失点完投。崖っぷちから4試合連続の勝利投手となり、大逆転の日本一を掴み取った。
稲尾は日本シリーズ7試合中6試合に登板し(うち4試合完投)、西鉄の4勝すべてを挙げた。この活躍で「神様、仏様、稲尾様」は流行語となり、今なお語り継がれる伝説となっている。