大谷翔平選手をはじめとした日本人メジャーリーガーを中心にメジャーリーグ・日本プロ野球はもちろん、社会人・大学・高校野球まで幅広いカテゴリーの情報を、多角的な視点で発信する野球専門メディアです。世界的に注目されている情報を数多く発信しています。ベースボールチャンネル



QVCマリンには「魔物が棲んでいた」【“中田翔を倒した男”植松優友#1】

背番号「51」。世間的にはスーパースター、イチローの代名詞でもあるこのナンバーを背負った男が、この秋、ひっそりとユニフォームを脱いだ。元千葉ロッテマリーンズ、植松優友26歳。かつて“中田翔を倒した男”と騒がれ、プロでは未勝利に終わった未完のナックルボーラーが、その野球人生をいま振りかえる――。

2015/12/04

text By



プロの壁を感じた初本拠地でのKO負け

「あそこまでのピッチングができたのは、場所が甲子園やったからっていうのは間違いなくあると思います。『荷物準備して、兵庫行ってこい』って、言われるがままに向かってみたら、(投げるのは)神宮じゃなく、甲子園やと。上に呼ばれて、コーチから『人生賭けるか?』って訊かれたときは、内心『いきなり、なに言うてはんのかな?』と思いながら、『賭けます』って答えたんですけど、そのときは僕自身、一軍がどこにいるのかもわかってなかった状態。まさか自分がまた甲子園で投げることになるとは思ってもみなかったですからね(笑)」

 あの“中田翔を倒した男”が、8年越しの甲子園で、タイガース打線を相手に6回1失点。結果的に負け投手になったとは言え、文字通りに“人生を賭けた”その好投は、ファンの心をガッチリとらえ、誰もが「次こそは、初勝利を」と期待した。だが、プロの壁はそうたやすくは登れない。

 続く、6月11日。ホーム初先発となったQVCマリンフィールドでのドラゴンズ戦で、植松は2回6失点。球場の名物でもある海風とは、いかにも相性がよさそうな“宝刀”ナックルを見せつける間もなく、あっけなくノックアウトされてしまう。

「言い訳にしかすぎないですけど、マリンのマウンドを味方にできなかった。それがすべてやと思います。僕自身、8年もいてそれまでマリンで投げたのは、片手で数えられるぐらい。実際、投げてみたら、どのボールも高めに浮いていく感じがして、それを修正できないままに終わってしまった。だから、あの日はあまりにも悔しすぎて、ベンチに帰っても、着替えもせずにずっと立ったまま試合を観てたんです。『なんでチャンスもらって、こんな投球しかできひんねやろ』って」

 相手の先発は、タイプこそ違えど、同じく左の大野雄大。ベンチに戻った彼は、それが事実上の最後の登板になるとは夢にも思わず、マリーンズ打線を圧倒的な力でねじ伏せ、完封してみせた相手エースの投球を「今後の参考にしようと」食い入るように見つめていた──。

※2回目(全4回構成)は7日更新予定です。

1 2


error: Content is protected !!