コンバートが大成功!捕手からの転向で大成したスラッガー5人。歴史に名を残した名選手たち
2023/01/20
産経新聞社
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プロ野球の世界では、コンバートによって飛躍した例がある。その中でも捕手から内野手・外野手に転向し、打撃に専念したことでブレイクしたケースも多い。三冠王に輝いた村上宗隆も高校時代は強打のキャッチャーとして名を馳せていた。ここでは、プロ入り後に捕手からの転向でスラッガーに大成した5人を紹介する。
小笠原道大
出身:千葉県
投打:右投左打
身長/体重:178cm/84kg
生年月日:1973年10月25日
ドラフト:1996年ドラフト3位
「ガッツ」の愛称で19年間、常にフルスイングで観客を沸かせた小笠原。暁星国際高校からNTT関東を経て、1996年ドラフトでファイターズから指名を受けた。
プロでのイメージからは想像がつかないかもしれないが、小笠原は高校時代にホームランを打ったことがない。その選手がプロ通算で378本のホームランを打つとは、誰が想像できただろう。
社会人ではキャッチャーとして試合に出場していたこともあり、ファイターズ入団後もしばらくは捕手として出場。ただ、打撃を生かすために1999年からはファーストにコンバートされると、135試合の出場で打率.285・25本塁打を記録した。
そして、2000年には自身初の打率3割(.329)・30本塁打超え(31本)という数字を残し、ファイターズに欠かせない主力に。
2006年オフにFA権を行使し、ジャイアンツへ移籍。トレードマークのヒゲを剃った小笠原の姿に、驚きを感じたファンは多かったはずだ。ジャイアンツに移籍後も4年連続で30本塁打を記録したが、統一球が導入された2011年以降は極度の不振に。
ただ、2013年のファイターズ戦でサヨナラホームランを放った際の「思い出しました」というコメントは、名場面として今も語り継がれている。
2015年にドラゴンズで現役を引退。現在はジャイアンツの2軍打撃コーチとして、未来の大砲を育てている最中だ。