初の人的補償からFA移籍となった脇谷。明暗分かれる過去20人の人的補償選手たち
脇谷亮太は人的補償で移籍し、再度FA宣言で移籍を果たした初のケースだ。過去に人的補償で移籍した選手は20人存在する。
2015/12/03
人的補償とは?
FA宣言をした西武ライオンズの脇谷亮太が巨人に復帰すると発表された。
脇谷は2013年、西武の片岡治大が巨人へFA移籍した際に、人的補償として西武に移籍した選手だ。
人的補償で移籍した選手がFA宣言し、再度移籍するのは初めてのケースだ。
FA選手は年俸ランキングでA、B、Cに分けられるが、A、Bクラスの選手がFA移籍すると、移籍元の球団は、移籍先の球団に対して金銭あるいは金銭に加えて選手を一人獲得することができる。これを「人的補償」という。
移籍元の球団は、誰でも好きな選手を獲得できるわけではない。
移籍先の球団がプロテクトした28名の選手以外の中から指名をする。主力選手を人的補償で取れる可能性はあまりない。
人的補償で移籍する選手は、28名のプロテクト枠から漏れた選手だ。自分の評価が高くないことを思い知らされるわけだから、シビアな話だ。
2011年、西武の帆足和幸がFAでソフトバンクに移籍した時には、元三冠王の松中信彦がプロテクト枠から外れた。プロの世界は実力の世界、いくら実績があっても力が衰えれば仕方がないが、大きな話題になった。
そういう意味では人的補償による移籍は、選手自身にとっては決して喜ばしいものとは言えないかもしれない。しかし見方を変えれば、相手先の球団がその選手を評価しているからこそ指名されたとも解釈できる。