日本ハム大野で12球団中6球団。チームの柱・古田、伊東らがつけた「27」は捕手の名誉な背番号
来季から日本ハムの大野奨太が2番から27番へと変更になる。これで27番をつける選手が捕手の球団は、12球団中実に半分の6球団となる。
2015/12/06
セパを代表する古田、伊東の存在が捕手=「27」を定着させた
27番が捕手の番号であると浸透していったのは、偉大な名捕手たちの輝かしい実績によるものだ。古くは巨人V9時代の森昌彦が27番を背負った。1978年のヤクルト初優勝のときの正捕手だった大矢明彦もその一人である。
南海ホークスからテスト入団し、球界のレジェンドとなった名捕手・野村克也の背番号は19番だったが、野村がヤクルト監督時代に育てた愛弟子・古田敦也は27番を付けてプレー。西武の黄金期を支えた伊東勤も27番だった。
セパを代表する古田と伊東の存在は、27番が捕手の番号であるというイメージを確実に定着させていった。その古田と伊東の現役時代の主な成績は以下の通りだ。
◆古田敦也(1990~2007)リーグ優勝5回、日本一4回
通算成績 2008試合 2097安打 217本塁打 1009打点 打率.294
MVP2回(93、97)
日本シリーズMVP2回(97、01)
首位打者1回(91)
ベストナイン9回(91~93、95、97、99~01、04)
ゴールデングラブ賞10回(90~93、95、97、99~01、04)
正力松太郎賞1回(97)
シーズン最高盗塁阻止率の日本記録.644(93)
2000安打(05)大学・社会人を経てプロ入りした選手では当時初
◆伊東勤(1982~2003)リーグ優勝14回、日本一8回
通算成績 2379試合 1738安打 156本塁打 811打点 打率.247
ベストナイン10回(85~88、90~92、97~98、02)
ゴールデングラブ賞11回(85~88、90?92、94~95、97~98)
捕手のシーズン最高守備率1.000(97、03)
古田と伊東が初めて対峙したのが、92年の日本シリーズ。野村“ID野球の申し子”古田と、プロ1年目から日本シリーズの大舞台を経験し、百戦錬磨の伊東による“27番同士の対決”が注目された。
3試合の延長戦を投げ抜いた岡林を古田が支え、渡辺久信や石井丈裕、工藤公康ら実力派の投手陣を伊東が引っ張った。試合は4勝3敗で西武が日本一になったが、この年の日本シリーズは第7戦までもつれる熱戦だった。第1戦の杉浦享の代打サヨナラ満塁本塁打を皮切りに両チームがシーソーゲームを演じ、見るものの胸を熱くした日本シリーズとなった。
ヤクルトと西武は翌年の93年も日本シリーズで対決。ヤクルトが前年のリベンジを果たし、4勝3敗で日本一を勝ち取る。2年連続で相まみえた古田と伊東の背番号27は、後々の選手たちに受け継がれていった。
現在、西武の背番号27は炭谷が付け、ヤクルトの27番は『名誉番号』として欠番となっている。今季14年ぶりのリーグ優勝に貢献し、136試合に出場した中村悠平は、来季の活躍次第では27番の後継者となるかもしれない。
球団は27番を与える条件として、セリーグで唯一規定打席に到達したものの、リーグ最下位の打率.231に終わった打撃の向上を課題に挙げた。さらに、古田のように名実ともにチームの柱としての存在感が中村には求められる。
先駆者たちが築き上げてきた背番号27の歴史は、今後の若い選手たちに引き継がれる。来季、新しい息吹がグラウンドで育っていくことを期待したい。