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球界に衝撃…まさかの退団を経験した大物選手5人(3)名将の下で蘇った本塁打王

2022/10/05

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産経新聞社



プロ野球 最新情報(最新ニュース)

 ドラフト会議が近づくとともに、2022年10月3日から戦力外通告の通告期間が始まった。先日はソフトバンクホークスの松田宣浩が退団を発表したが、過去にはまさかの形で戦力外通告、自由契約となった大物選手も数多くいる。そこで今回は、戦力外通告または自由契約を経験した大物選手を5人紹介する。

 

 

山﨑武司


出身:愛知県
投打:右投右打
身長/体重:182cm/100kg
生年月日:1968年11月7日
ドラフト:1986年ドラフト2位

 
 中村紀洋がテスト生から這い上がったことと同様、山﨑武司も戦力外から這い上がった選手の1人だ。
 
 1986年ドラフトでドラゴンズに入団した山﨑は、9年目の1995年に初めて2桁本塁打を達成。「遅咲き」とも言える活躍を見せると、1996年は打率3割(.322)・30本(39本塁打)・100打点(107打点)という脅威の数字を残し、本塁打王に輝く。その後も主砲として活躍を続けたが、2002年は極度の不振に陥り同年オフにトレードとなった。
 
 2003年からはオリックス・ブルーウェーブに移籍したものの、当時の監督だった伊原春樹とソリが合わず、監督室にバットを投げることもあったほどだ。そして、2004年に戦力外通告を受ける。
 

 
 引退も考えたと言われていた中、2005年から新設された東北楽天ゴールデンイーグルスに入団。すると、イーグルス在籍3年目にキャリアハイの43本塁打を放ち、本塁打王のタイトルを獲得した。野村克也のもとで蘇った山﨑は、2009年のCS(クライマックスシリーズ)でも仙台で本塁打を放った。ダイヤモンドを一周し、野村監督と抱擁した瞬間はイーグルスファンの脳裏に深く焼き付いているはずである。

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