多くの人に愛された選手・杉谷拳士。満員の東京ドームで飾った華々しいラスト【えのきどいちろうのファイターズチャンネル#186】
11月5日に行われた侍ジャパン強化試合は、ファイターズファンにとって杉谷拳士の「引退試合」という位置づけになった。当日は多くのファンも東京ドームを訪れ、最後の雄姿を目に焼きつけた。
2022/11/10
産経新聞社
試合当日、まさかのサプライズ
これに多くのファンをはじめ、「朝日新聞日本ハム担当」氏のアカウントなどから賛同の声が寄せられた。ただそれだけでことが動くと思うほど僕はウブじゃない。願望・希望を言うほうは気楽なものだが、実現させる側はいくつもハードルをクリアしなきゃならない。労力を使い杉谷のラストゲームを盛り立てて、それにどういうメリットがあるだろう。WBCの付加価値が上がるだろうか。西武球団や侍ジャパンのメンツは立つか? そもそも日ハム側の打撃練習の時間が開場後に設定されているのか? 杉谷本人の意向は? で、そこまでして一体、何か経済効果はあるのか?
というわけで、お願いはしたものの「そんなうまいこといくわけないよなぁ」くらいの気持ちで当日を迎えた。午前中、TBSラジオ『ナイツのちゃきちゃき大放送』に出演し、開場時刻に東京ドーム入り。今回は長年の応援仲間たちと上層階の指定席C(2600円)に陣取った。東京ドームは球場外の侍ジャパングッズ売店にすごい列ができていた。さすがの侍ジャパン人気だ。ただファイターズのレプリカユニを着た人も目立つ。どうだろう、全体の1割2割程度はいたんじゃないか。
杉谷の打撃練習は開場と同時くらいのタイミングだった。驚いた。西武のウグイス嬢、鈴木あずささんが本当に東京ドームに来てくれた。場内のビジョンに鈴木さんの顔が映し出された。完全にサプライズのようだ。杉谷の登場曲「ワンダフルデイズ」(ONE☆DRAFT)が流れる。最後の杉谷いじりだ。
「東京ドームにお集まりの皆様、そして、この数日ざわめくハートを持て余してる全国の杉谷拳士ファンの皆様、大変長らくお待たせしました。その人気は今や侍ジャパン超え、球界大注目の皆様の杉谷拳士が只今、最高に前向きにバッティング練習を行っております。皆様、今日は最後のチャンスです。よろしければご注目ください」
「スタンドの皆様、只今、杉谷選手がバッティング練習を行っていますが、練習中、控え目に言って、控え目な打球が、思いのほか鋭い打球が、まれにスタンドに入ることがございます。大変危険ですので、杉谷選手の打球の行方には皆さん最後までご注意ください」
「杉谷選手、これまで本当に沢山の素敵な時間、ありがとうございました」
僕はもう涙腺決壊である。鈴木あずささん、関係者の皆さん、本当にありがとうございます。まさか本当に実現するとは…。いや、僕がツイッターやコラムに書いたからなんておこがましいことは思わないが、願ったことが実現するなんて感無量じゃないか。球場がざわめいていた。杉谷は最後の最後、レフトスタンドにホームランを叩き込んで、新庄ビッグボスに促され、ヘルメットを高く掲げて感謝を示す。
拳士は、ホントに幸せ者
14年の野球人生最後の、記録に残らない貴重な打席は7回無死1塁の場面で訪れた。マウンドには侍ジャパン・高橋宏(中日)。全4球ストレートで勝負してくれた。149キロの速球を打ち上げて右飛。球場全体の手拍子&拍手を受け、杉谷は目頭が熱くなり、ボールがかすんで見えたのだと思う。残念そうな表情でベンチに戻ってくる姿にあらためて盛大な拍手が送られた。僕はここでも感動に震えた。みんな優しいなぁ。杉谷の人徳だなぁ。故郷の東京で、こうして満員の大観衆に別れを惜しんでもらえるなんて。「満員の東京ドームで引退」ってイチロー級だよ。
と思ってたら試合後胴上げがもっとすごかった。これもダンドリでなく、突発的なサプライズだと思う。ファイターズの選手らが整列&一礼の後、杉谷を胴上げしようとマウンド付近に集まった。と、侍ジャパンの選手らがベンチから出てきて合流したのだ。杉谷の体は5回宙を舞った。ありえない。すごすぎる。こう言っちゃなんだが杉谷は一度もレギュラーを獲れなかった選手だ。14年やって、通算わずか777試合だ。「満員の東京ドーム」で「侍ジャパンにも胴上げ」され、その後、「涙の場内一周」させてもらえるような大選手じゃないのだ。
僕は「引退試合」を裏テーマだと思っていた。が、堂々たる表テーマに変わっていた。どれだけ杉谷拳士が愛されていたかの証だ。記録よりも記憶に残る選手なのだ。侍ジャパンのヒーローインタビューを待たせる形で、僕らは杉谷に拍手を続けた。
拳士、お疲れ様、よかったなぁ、ホントに幸せ者だなぁ。ありがとう、杉谷拳士は最後までミラクルだったよ。幸せ者の拳士が見られて僕らも14年、幸せだったよ。