大王の帰還――育成から這い上がり「肯定」できた王柏融【えのきどいちろうのファイターズチャンネル#206】
苦手ロッテをスイープし、好調をキープするファイターズ。この3試合では野手陣の活躍が目を引いた。中でも7月にギリギリで支配下再登録を勝ち取り、このカードから昇格した王柏融の活躍に心揺さぶられた。
2023/08/20
産経新聞社
1軍昇格で結果を残した王
が、今回のコラムの主役はスーパースターの階段を上り始めた万波ではないのだ。ストーリーとしてはもう少し渋めのそれ、万波が昇る朝日だとしたら、こちらは「落陽」とまでは言わないが少し傾き始めた午後の太陽。かつて台湾の三冠王として鳴り物入りでファイターズに入団した「元スーパースター」。今季は育成契約に落とされて、7月末の登録期限ぎりぎりに支配下に再昇格された、王柏融である。
このロッテ戦シリーズの王柏融の活躍は魂を揺さぶるものだった。鎌ケ谷で真っ黒に日焼けした王柏融をロッテ18回戦(8月16日)2回裏、僕らは新鮮な気持ちで迎えたのだ。支配下登録、即1軍スタメン。新庄流の起用だった。だけど、正直僕らは「ロンロン」(王柏融の愛称)への気持ちがだいぶ薄れていたと思う。「台湾のスターも日本野球では通用しなかった」という評価が定まっていた。昨オフ、戦力外になったとき、みんな(残念ではあったけれど)どこか納得したはずだ。
その「ロンロン」が一転、育成契約でファイターズに残ることになった。僕は正直、意外だった。あれだけのスターを育成にする? 育成の意味って何だ? 現場でも混乱する声があった。そりゃコーチ陣は親心として、試合出場の機会も、練習機会も、若いこれからの選手に与えたくなる。(これまで結果が出なかったにせよ)1軍戦力として契約延長するならわかるのだ。育成などにするのは失礼じゃないだろうか。
そうしたら「ロンロン」は一からやり直したのだ。佐藤友亮コーチ(2軍野手育成&打撃)がついて、台湾で三冠王をモノにした当時のベストフォームを取り戻すべく、練習を重ねたと聞いている。炎熱酷暑の鎌ケ谷で二人三脚の特訓は続いた。NPBのファームはアメリカでいえば、ルーキーリーグや1Aから3Aまでが一緒にやる不思議な場所だ。高卒の10代の選手と30手前の「ロンロン」が同じ条件で泥と汗にまみれる。いや、同じ条件ではない。10代の高卒プレーヤーは支配下なのだ。「柏融大王」と異名された台湾のスーパースターはまず支配下登録を勝ち取らなくてはならない。
7月下旬、彼の支配下登録が報じられたとき、世評は冷たかった。「最初からそういう(ウラ)契約だったんだろう」「今度の1軍登録はNPBの卒業旅行だ」etc. だけど、王柏融には初の舞台、エスコンフィールドでやるべきことがあった。
ロッテ18回戦2回裏に戻る。7番上川畑大悟、先制タイムリーに続く、今シーズン初打席、一死走者1、3塁のチャンスだった。エスコンの観客はこんなに日焼けした「ロンロン」を見たことがない。カウント1-0からショートの頭を越すクリーンヒット、バットが最短で出る「ロンロン」のスイングだ。打球は左中間を割り、何と今季初打席で2点タイムリースリーベース! 塁上で歓喜を爆発させる「大王」。
翌19回戦のハイライトシーンは3回裏だった。今度は先頭で「8番、王」。無死走者なしでライトに先制ホームラン。エスコンフィールドのどよめきがおさまらなかった。僕らは「大王」の帰還を目撃したのだ。
ヒーローインタビューでホームランの感想を訊かれた「ロンロン」は「とにかく気持ちよかったです。新球場で、2試合めでホームランが打つことができてとても嬉しいです」と顔をほころばせた。そして、こんなことを言ったそうだ。
「このホームランは僕にとって、肯定です」
これはネットで文字起こししてくれてる方がいて、そのお力がないとわからなかった。「肯定」と言ったのだ。やってきたことの甲斐があった、間違ってなかったくらいの意味かもしれない。ただ「柏融大王」が思いのありったけをぶつけたスリーベース、自己を肯定する力を得たホームランを忘れたくない。王柏融の育成からの挑戦は必ずやファイターズのファームにプラス効果をもたらすと思う。
思ってもみよ、あんなスター選手が自己肯定できなかったのだ。努力して努力して、人に助けられ、1軍に這い上がって、肯定したのだ。