的場寛一、ドラフト1位の肖像#3――「2005年、怪我の本当の理由。僕はこれでプロ野球人生を終えた」
1999年ドラフト1位(逆指名)で阪神タイガースに入団した的場寛一は、将来を嘱望される期待の大型遊撃手だった。しかしプロ入りの野球人生は試練の連続だった。(2016年12月3日配信分、再掲載)
2020/04/13
田崎健太
開幕前に大きな期待を寄せられるも……
指揮官交替は若手選手にとって大きなチャンスでもある。2月21日の紅白戦では3安打を打ち、レギュラー候補の一人とて数えられるようになった。
しかし――。
2004年2月29日のオープン戦で的場は右肩捻挫、一軍から離脱。
岡田は報道陣から的場の怪我に、こう答えている。
〈「結構かかりそうや。抜けてすぐ(肩は)入ったらしい。悔しかったんやろな。ロッカーに帰って(脱いだ)ユニフォームを右手でたたきつけとったと島野さん(管理部長)が言うとった。普通は投げられんぞ。だから大丈夫やろうと思ったんやけど…。(中略)」
「ケガするヤツは調子がいいときにする。チャンスにケガをするな」〉(2004年3月14日付「デイリースポーツ」)
怪我が癒えたものの、この2004年シーズンの試合出場は2試合に留まっている。
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