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クロマティ監督の采配以前の根本的な問題――「チーム自体がプロレベルではなかった」【『サムライ・ベアーズ』の戦い#3】

皆さんは、かつて巨人で活躍したクロマティが、アメリカの独立リーグで日本人だけのチームの指揮官として戦っていたことをご存じだろうか。そのチームは『ジャパン・サムライ・ベアーズ』と名づけられた。

2017/01/20

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阿佐智



クロマティに会いたい

 あれから10余年。時間はしばしば過去の記憶を美しく変えていく。サムライ・ベアーズのメンバーたちは今でも年1回は集まるという。しかし、その場に監督だったクロマティが呼ばれたことは一度もない。

「クロマティに会ってみたいか」
 あの夏以来指揮官とは顔を合わせてないという南に聞いてみた。

「会いたいですね」

 南は、少し宙を見上げた後、こう答えた。

「毎年忘年会するんですよ。是非来てほしいですね。みんなそう思っているんじゃないですか」

 南は、サムライ・ベアーズでのひと夏を人生のかけがえのない宝物だと言う。クロマティとの思い出も彼の中では美しい思い出として胸の奥に封印されているようだった。
 根鈴もまた集まりに参加しても全く構わないと言う。しかし、それは彼が主力選手で、クロマティからの粛清を心配しない立場だったからでもある。

 矢島の反応は若干違う。

「忘年会にクロマティですか? 別にどっちでもいいかなって感じですね。でも、みんなどうなのかな」

 年に一度の「同窓会」には、シーズン途中でリリースされた選手も参加する。夢半ばにしてフィールドを去らねばならなかった選手たちの監督・クロマティに抱く思いは複雑だ。クビを言い渡された選手の多くは、クロマティによって夢を絶たれたと感じているようだった。

「そもそもね」
 コーチを兼任していた根鈴は、クロマティにはわだかまりはないと言いながら、こう付け加えた。

「あれ以来みんなクロマティとは顔を合わせたことない。俺もFacebookで『友達』にはなったけど、連絡なんかはしたことないですよ。だいたいあの人、忘れてるらしいからね。そういうチームで監督やったなー、くらいには覚えてるだろうけど、個々の選手のことは忘れてるらしいですよ」

 実際、一度だけクロマティに再会したチームトレーナーの友広は、かつてのボスが自分のことを覚えていなかったと振り返る。

「サムライ(・ベアーズ)から2、3年後に、我々のドキュメンタリー映画ができたんですよ。僕はアメリカに住んでいたんで、その試写会に招待されて、元選手とふたりで参加したんですけど、会場ですれ違っても、クロマティ、僕たちのことわかりませんでしたね。『クロウ!』って声かけると、とりあえず反応はしてくれましたけど」

 トレーナーだったことは思い出してくれたが、名前はすっかり忘れていたという。友広は淡々と続けた。
「あの夏は消し去りたい過去かもしれません。それでも僕は、あの人は決して悪い人ではないと思います」

「日本野球史上最高の助っ人」であった元メジャーリーガーにとってあの夏とはどのようなものであったのだろうか。それが知りたくて私はフロリダへ飛んだ。

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