古木克明、ドラフト1位の肖像#1――大砲として類い稀な才能、一気に評価を上げた甲子園
かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。
2017/09/19
ホームランを打てるかが分かる
古木はシニアリーグを経て、愛知県の豊田大谷高校に進学した。
入学当初は出場機会は与えられなかったが、夏が終わり新チームになると古木は主力として起用されるようになった。
「1年生の秋、県大会を勝ち抜いて東海大会まで行ったんです。そのときレフトにガーンってホームランを打って、(翌春の選抜)甲子園には行けなかったんですけれど、それで注目される選手になったんです」
それからしばらくは自分の中では一番凄かった時期がやってきたんです、と古木は身を乗り出した。
「ホームランを打てるかどうか分かるんです。だから仲の良い奴に、次の打席ホームランを打ってくるわって言って、カチーンと打ってました。2打席連続というのは少なかったのですが、とにかく毎試合ホームランを打っているような感じでしたね」
好調を保ったまま、高校2年生の夏になり、愛知県大会を迎えた。
「初めての地方大会だったので、すごく緊張していて、結果が思うように出なかったんです。準決勝ぐらいから調子が上がってきたという感じで、結果としてはホームランを打って甲子園に出ることが出来ました」
甲子園で初戦の相手は長崎県代表の長崎南山高校だった。古木は三番サードとして先発出場している。
「憧れていた舞台だったので、最初はガッチガチでした。すごい展開が早かった。気がついたときは6回ぐらいまで行っていたんです」
古木がはっきりと覚えているのは、第4打席目の三振である。
「ボールが来たときに行けると思って振ったら、(ボールが)親指に当たった。痛いけど恥ずかしいから、必死で我慢してました」
そして、1対3で先行された9回表、ランナーを一塁に置いて古木に打席が回ってくる。
「第5打席目にホームランを打つんですけれど、そのとき初めてようやく地に足が着いたような感じでした」
古木の打った球は一直線にレフトスタンドに吸い込まれて行った。打った瞬間にホームランと分かる強い打球だった。同点ホームランである。
このホームランにより試合は延長戦に入った。そして12回表、ランナーを一人置いて古木に7回目の打席が回ってきた――。
2ボール2ストライクから古木は軽くバットを振ったように見えた。打球はふわりとレフト方向に高くあがった。平凡なレフトフライかと思われたボールは風に乗って、どんどん伸びて行く。そしてポール際ぎりぎりに入った。
逆転ホームランである。試合はこのまま豊田大谷が勝利した。1試合2本塁打はPL学園の福留孝介以来だった。