武田久、15年間闘い続けた重圧。清宮、21番継承に「うちらしい」【えのきどいちろうのファイターズチャンネル#66】
リリーフエースとして、15年間ファイターズを支えた武田久。来年からは社会人時代の古巣、日本通運で選手兼コーチとして新しい一歩を踏み出す。
2017/12/16
来年からは社会人時代の古巣へ
「文化放送のゲスト武田久さんですけど、遊びに来ませんか?」という夢のようなLINEが入った。放送作家の友人からだ。持つべきものは友人だ。二つ返事でお邪魔することにした。僕はライターの傍ら、もう30年くらいラジオのパーソナリティーやコメンテーターの仕事をしているが、純然と番組見学に行くのは初めてだ。そりゃ行くだろう、武田久さんだよ。ファイターズ栄光のリリーフエースだよ。15年間の現役生活に終止符を打ち、来年からは社会人時代の古巣、日本通運で選手兼任コーチを務められるんだよ。
番組は『DASH!! アミーゴ1号2号』という夕方のスポーツバラエティだった。寺島啓太アナが以前、四国放送に務めていた関係で徳島出身の武田久さんとつきあいがあったのだ。驚くべきことにファイターズを退団するに当たって、(テレビ、ラジオ含めて)番組出演はこれが初めてだそうだ。僕はとにかく「15年間おつかれ様でした」と言って、浅草松屋デパートで購入した麦焼酎をプレゼントできたらそれで満足だった。
久さんはスーツ姿で、元々170センチと小柄だから、パッと見、会社員に見える。というか(正式にいつからなのか知らないが)会社員なんだと思う。その日は浜松町の文化放送まで汐留の日通本社から歩いてきたそうだ。まぁ、だけど会社員か会社員予定か知らないが、こっちはガチガチに緊張した。僕は武田久が大好きだった。あんまり思い入れをぶつけても迷惑だろうから単にモジモジしていたが、もし許されるなら「ありがとうございました。最高の投手でした」と100回言いたい。
そしたら逆に気をつかって、番組打ち合わせの後、色々話かけてくださったのだ。ファイターズ栄光のリリーフエース、武田久の単独インタビューならぬ「単独雑談」に成功した状態だ。もう首都圏に住まわれて新生活なんだという。12月はお歳暮シーズンで日通はいちばん忙しいということだった。だから日通野球部も暮れは仕事に追われて、他チームより調整や始動が一歩遅れる傾向にあるという。久さんはプロ入り前、ペリカン便の配達業務を担当されたそうだ。後のホールド王&セーブ王(パで両方のタイトルを獲得した投手は武田久が初めて!)から小包を受け取った幸運な方がどこかにいたらしい。