松沼博久・雅之、ドラフト外の肖像#5――僕たちが巨人ではなく西武を選んだ本当の理由
日本プロ野球では1965年にドラフト制度導入後も、ドラフト会議で指名されなかった選手を対象にスカウトなどの球団関係者が対象選手と直接交渉して入団させる「ドラフト外入団」が認められていた。本連載ではそんな「ドラフト外」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。
2018/10/17
決め手は根本陸夫監督の存在
「こちらはぼくたち兄弟と親父。向こう側は長谷川（実雄）代表と長嶋（茂雄・監督）さん。兄貴と親父はジャイアンツファンなんです。そして兄貴は大学卒業したときもプロ入りしたかったんだろうし、社会人でも毎年プロに行きたいと考えていたはずなんです。でもぼくは興味がなかった」
長嶋は両手を広げると「ぼくの胸に飛び込んで来てくれ」と笑顔で言った。
「ぼくの記憶では長嶋さんは挨拶をすると、〝じゃあ〟って帰って行ったんです。代表が一人残って、契約金が幾らだとかいう話になった」
ジャイアンツが提示したのは、二人で8000万円という数字だった。
「代表はこう言ったんです。〝ジャイアンツは人気球団だ、活躍したら凄いことになる〟って。だからぼくは訊いたんです。〝活躍しなかったら、どうなんですか〟と。すると〝活躍しなかったらしょうがないね〟って。そのとき、ぼくは行きたくない、みたいなことは口にした気がしますね」
横に座っていた父親と博久は憧れの長嶋と会ったことで、上の空だったという。
「だいたいぼく巨人嫌いですから。（江川に関する）ドラフトもインチキじゃないですか。インチキする球団は嫌い」
一方、兄の博久の記憶は少し異なる。博久は長嶋の言葉を嬉しくも思いながら、こうも感じたという。
「ちょっと派手すぎるかなと思った。それが引っかかるんですよ。だってぼくの中には派手さがない。自分には派手すぎるなというのがありました」
その後、二人は再び、ライオンズ側と会うことになった。
博久、雅之共に強く印象に残っているのは、根本陸夫の姿だ。
まずは博久の証言を聞こう。
「これから1年目の西武ライオンズを作ることなる。どうしても君たちの力が必要なんだ、手伝ってくれないかって。また、その表現がいいじゃないですか、渋くて」
根本の言葉を聞いて、ジャイアンツよりも自分に合っていると博久は思ったという。
雅之はこう振り返る。
「根本さんが、俺が監督だ。お前たちを使うからって。兄貴と二人でプリンスホテルで会ったんですが、その場所が間接照明でやや暗かった」
その影が根本の長い顔に凄みと説得力を与えていた。そして、ライオンズは雅之の提示した契約金を飲むという。もはや博久に断る理由はなかった。
「自分は東京ガスに内定している。それが丸く収まるのならばお世話になりますって」
二人は家に戻る前、自宅近くの喫茶店に入った。雅之は松戸あたりだったはずだと言う。
「（ビデオゲーム）ブロック崩しが流行っていてね。二人ともゲームが好きだったんです。それで兄貴が勝ったらプロに入ろうっていう話になった。二人とも本当は気持ちは決まっていたんです。ただ、踏ん切りをつけるためにゲームをやることにした」
兄貴が勝ったはずですよと、雅之は言う。
「ぼくは大学時代、兄貴の記録を追い越している。兄貴は本当に俺よりも凄いのかという気持ちがあったみたいです。じゃあ、東京ガスで一緒に競争しようじゃないか、みたいな。東京ガスは半官半民みたいな会社じゃないですか。親父は自営業だったから、潰れることのない会社に入れって言っていた。表向きは一緒に（東京ガスに入って）都市対抗に出ようという風にコメントしていました。ただ、本当はどこでも良かったんです。物心ついたときから一度も一緒にやったことがなかった。兄弟で比べっこをしたかっただけなんです」
12月27日、博久は東京ガスに辞表を提出、年が明けた1月12日、ライオンズは二人の獲得を発表した。
書籍情報
『ドラガイ』2018年10月15日発売
（著者：田崎健太／272ページ／四六判／1700円＋税）
＜収録選手＞
CASE1 石井琢朗（88年ドラフト外）
CASE2 石毛博史（88年ドラフト外）
CASE3 亀山努 （87年ドラフト外）
CASE4 大野豊 （76年ドラフト外）
CASE5 団野村 （77年ドラフト外）
CASE6 松沼博久・雅之（78年ドラフト外）
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『ドラガイ』
【著者紹介】
田崎健太 たざき・けんた
1968年3月13日、京都市生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社。スポーツを中心に人物ノンフィクションを手掛け、各メディアで幅広く活躍する。著書に『Ｗ杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』『真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男』(集英社インターナショナル)、『ザ・キングファーザー』(カンゼン)、『球童 伊良部秀輝伝』(講談社 ミズノスポーツライター賞優秀賞)、『真説・長州力 1951-2015』『真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男』(集英社インターナショナル)『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』