実の狙いはインコース。大いなる誤解が選手・落合博満を大記録へ導いた【横尾弘一「取材ノートから紐解く野球のミカタ」】
日本代表、社会人野球を中心に取材を続けている野球ジャーナリストの横尾弘一氏。現在、中日ドラゴンズの監督、GMを務めた落合博満氏の著書『采配』などにも携わった。この連載では、横尾氏のこれまでの取材を基に、野球の見方について掘り下げていく。第1回目は、落合博満GMが現役時代のエピソードから。経験に基づきながらも、経験則を鵜呑みにしない思考を持つ重要性。それが新しい野球の采配や見方につながるのではないだろうか。(2014年9月30日配信分。再掲載)
2014/09/30
アウトコースのボールをライトスタンドまで運ぶなど、日本人の打者にはできない
「アウトコースのボールをライトスタンドまで運ぶには、どういう打ち方をすればいいんですか?」
3度の三冠王に輝いた落合博満が引退後に、現役選手から最も投げかけられた質問だ。
アウトコースのボールをライトスタンドまで運ぶなど、日本人の打者にはできない――それが落合の答えである。
実際、ある時の春季キャンプで、現役時代をともにした投手コーチや評論家をつかまえて「俺にアウトコースのボールをホームランされた記憶ってある?」と尋ねると、すべての人がしばらく考えた後で「そう言えば、僕はなかったですね」と答えた。
「ねっ、それが真実なんだよ」
そう言って落合はカラカラと笑った。だが、落合の現役時代を知るファンならば、美しい弧を描くライトへの本塁打を何度も見たはずだ。では、そうした本塁打はどのようにして打ったのだろう。
現役時代の全9257打席で、落合は決して配球を読まず、センター返しを狙っていた。
正確に書けば、1996年8月27日の広島戦で通算1500打点を達成した打席だけ、白武佳久がアウトコースに投じたスライダーをちょこんと当てるようにしてライト前に運んだ。
これは、「節目の記録で騒がれるとチームの優勝争いにも影響するので、早く達成してしまおうとあえて配球を読んだ」ものであり、他の打席はインコース高目に照準を合わせていたという。
なぜなら、「腕をたたんでミートしなければならないインハイが、打者にとって対処する時間が一番少ないコース」と考えたからだ。
また、「シーズンにホームランを1本か2本しか打たない打者って、ほとんどインコースを体の回転だけで運んだものでしょう」と、しっかりミートすれば真ん中からインコース寄りこそホームランにできるボールなのだと断じる。
「それをバックスクリーンまで運ぼうと打ちにいき、タイミングがやや早かった時はレフト、反対にやや差し込まれた場合はライトへ飛んでいるだけ。はじめからライト方向なんて狙っていない」
つまり、落合は真ん中からインコースのボールに差し込まれながらも、右腕をうまく使って押し返すようにライトスタンドまで運んでいたのだ。しかし――。
「インコースを弾き返した打球がライトへ飛ぶのは振り遅れであり、ホームランになるような打球はアウトコースのボールをしっかり打ち返したから。そういう先入観が、野球を経験した人にはあるんだね。プロまでプレーした経験のある人なら、なおさらそうした固定観念にとらわれている。だから、私の打席のデータを取りに来た他球団のスコアラーも、私がライトへホームランを打つと、『今のはインコース寄りに見えたけど、あれだけの打球が飛ぶのだからコースが甘かったのだろう』と考え、配球表に真ん中からアウトコース寄りだと記すわけ」