NPB歴代の首位打者は? 「打率」は試合数も大きく左右、4割打者の登場なるか<1940年代>【プロ野球史を振り返る】
2020/05/05
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1940
鬼頭数雄(ライオン)
打率.321(102試合386打数124安打)
首位・東京巨人と50ゲーム差をつけられ最下位に沈んだライオン。チーム打率も9球団最低の.187だった中、鬼頭は孤軍奮闘し、リーグトップの打率をマークした。巨人の主砲・川上哲治をぎりぎりでかわし、安打数でもトップに立った。
1941
川上哲治(東京巨人)
打率.310(86試合339打数105安打)
この年、唯一打率3割をクリアした川上(2位の白石敏男は.267)。2度目の首位打者、打点王に加え、初の最優秀選手(MVP)にも選出。チーム防御率上位6球団が1点台という極端な投高打低のシーズンで、存在感をみせた。
1942
呉波(東京巨人)
打率.286(105試合370打数106安打)
台湾出身の呉が、初のタイトルを獲得。この年も投高打低のシーズンが続いており、史上唯一となる打率2割台での首位打者となった。また、前年首位打者の川上は、72試合の出場で規定打席に到達せず、打率も.266にとどまっていた。呉はリーグ2位の40盗塁もマークしている。
1943
呉昌征(東京巨人)
打率.300(84試合297打数89安打)
日本に帰化し、登録名を「呉波」から「呉昌征」に変更して臨んだシーズン。リーグでただ一人の3割をクリアすると、安打数でもトップに立った。盗塁数も前年を上回る54個を記録したが、山田伝(阪急)に2個差でタイトルに届かなかった。
1944
岡村俊昭(近畿日本)
打率.369(35試合130打数48安打)
チーム打率.201のなかでひとり気を吐いた岡村。35試合と試合数は少なかったものの、放った長打は二塁打4本のみで、初代首位打者・中根之に続いて2人目の「0本塁打」首位打者となった。なお岡村が3割をマークしたのはこの一年だけだった。