知っていますか? MLBとNPBの“年金”の歴史【事務局長・松原徹氏に聞く、日本プロ野球選手会の実態7】
2004年の球界再編問題の時に、日本のプロ野球選手会の存在を知った野球ファンの方は多くいるのではないだろうか。今回、ノンフィクションライターの田崎健太氏がプロ野球選手会事務局長の松原徹氏へ選手会、そして野球界の抱える様々な問題について取材を行った。7回目と最終回は年金制度を取り上げつつ、日米の制度の違い、選手会の取り組みの違いを掘り下げたい。
2015/07/20
MLBの年金制度とは
筆者が選手会について調べようと思ったきっかけの一つは、「年金」である。
しばしば、日本のプロ野球の〝後進性〟〝劣勢〟を強調する際、メジャーリーグの年金の充実ぶりが取りあげられる。
例えば、こんな風だ――。
〈アメリカ人の国民性かもしれませんが、アメリカのプロスポーツリーグの選手は年金に敏感です。プロのスポーツ球団ができたころから年金は選手にとって重要な問題でした。そして今、NBAの選手は35歳から年金受け取りの資格があります。MLBの選手は3年間MLBに属すれば、最低でも月100万円程度の年金を受け取る有資格者になれると言います。
一方、日本のプロ野球はどうでしょう。10年在籍、55歳以上が年金受領有資格者です。年金は年間140万円程度のようです。(中略)
これでは成熟した社会に住む若者にとって、プロ野球の球団に入ることはリスクの高い就職です。「夢」を抱いて球界入りする若者は減少し、MLBを目指すのは当然です〉(『メジャー野球の経営学』大坪正則 集英社新書 2002年)
この本では「月100万円程度の年金を受け取れる有資格者になれると言います」と語尾を濁して書いている。
その他にも〈MLB所属5年から年金が発生する〉と断定的に書かれた記事、資料もある。
結論から言うと、このどちらも間違いである。
正確には、メジャーに1日でも在籍すれば年金を受け取る権利は発生、メジャー在籍10年で満額となる。
在籍期間、受け取り開始の年齢、〝固定制〟で受け取るのか、あるいは運用に連動した〝変動制〟で受け取るかによって金額は変化する。
当然、受け取り年齢を遅らせば、その分、年間の受給金額は増える。これらの変数に応じた表があり、元選手たちは受け取り方を選択できる。平均で年間68000ドル程度。実に透明な、アメリカ的なやり方と言える。
しかし――。
年金だけを取りあげて、両リーグの待遇の優劣を比較するのはフェアとはいえない。
年金制度は、その国の「福祉観」「社会観」に大きく左右される。
北欧諸国のように福祉を国家が担うという「社会民主主義的福祉国家」なのか、アメリカに代表される市場に任せるべきだという「自由主義的福祉国家」なのか、あるいは家族や地域で弱者を助けるべきという欧州的な「保守主義的福祉国家」なのか――。
日本の場合は、右上がりの経済成長を前提とした楽観的な「社会民主主義的」を採ってきたといえる。自由主義的なアメリカとは根本が違う。
それぞれの福祉観に基づいて、税金、社会保障、年金に対する考え方、手法が変化するのは当然のことだろう。