「ファンを恐れない」球団黒字化への道【前日本ハム球団社長・藤井純一氏#4】
現在、日本のプロ野球界で実に効率的なチーム作りをしているのが北海道日本ハムファイターズである。東京から北海道へ移り、地域密着に成功した球団の土台を築いた一人が藤井純一前球団社長だ。これまでの藤井氏の話を聞くと、「負けない」ファイターズ、「集客力のある」ファイターズの土壌が見えてくる。
2015/08/21
諸経費全て10パーセント減らす!
2005年、北海道日本ハムファイターズの常務執行役員事業部長となった藤井純一が頭を悩ませていたのは、球団の赤字体質だった。
野球界は長らく綺麗な表現をすれば牧歌的、悪く言えば淀んだ空気の中にいた。特にパシフィックリーグの球団経営は毎年何十億円もの赤字を出すことが〝常識〟だった。
それには〝からくり〟がある。
1954年の国税庁通達により、球団の赤字分は、球団を所有する親会社の広告宣伝費で処理できると認められてきた。親会社が黒字を産み出している限り、球団は赤字でも経営が立ちゆくことはない。そのため、厳密に球団経営を極めることはなかったのだ。
そして本社の経営が揺らぐと、まっさきに締め付けられるのが広告宣伝費でもある――。
藤井が常務執行役員事業部長となる前の年、2003年度に北海道日本ハムファイターズは親会社の日本ハムから年間46億円の赤字補てんを受け取っていた。そして過去一度も自ら作り上げた予算を達成したことがなかった。
藤井がまず部下に命じたのは、「諸経費全て10パーセント減らすこと」だった。各所に無駄があると睨んだのだ。
藤井は自分が言葉を尽くして、熱を入れて話したとしても、どこか伝わっていないと感じていたという。あくまでも関西弁の異星人だったのだ。
そこで藤井は自ら動き出すことにした。
夏休みに本拠地である札幌ドームで試合がある時、スタジアムの外周を使ったイベントを企画した。自ら、鉄板の前に立ち、関西名物であるお好み焼きを焼いたのだ。
「社長だから背広を着て、頑張っているなと見回るのは僕には合っていない。僕が汗を掻いているんだから、みんなも動こうと」
藤井の狙いは、もう一つ。自分たちが外に出ることで、客との距離を縮めることである。
「経理の人間にファンサービス・ファーストと言っても実感できない。屋台の前に立って、お客さんの顔、反応を見ることで理解できる」