最も多く犠飛を打ったのは誰? 「ON砲」、戦後初の三冠王もランクイン…NPB、通算犠飛数ランキング1〜5位。【プロ野球歴代最高記録】
2021/05/20
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1位:戦後初の三冠王となった名捕手
野村克也 113犠飛(実働期間1954-1980)
生年月日:1935年6月29日
身長/体重:175センチ/85キロ
投打:右投右打
経歴:(峰山高-)南海-ロッテ-西武
時代を彩った名捕手・野村。多くの部門で2位となっていたが、打席数に続いて犠飛数でも王貞治を抑え、歴代トップとなった。
峰山高から1954年にテスト生として南海に入団。プロ3年目の57年に正捕手の座を掴むと、その後は攻守でチームの支柱に。屈指の強打者としても名を馳せ、65年には打率.320、42本塁打、110打点で戦後初の三冠王に輝いた。
以降も捕手という負担の大きいポジションを務めながら、持ち前の打棒を発揮。61年から8年連続最多本塁打、62年から6年連続最多打点に輝いた。1970年からは選手兼監督(プレイングマネージャー)に就任。監督退任後もロッテ、西武でプレーを続けた。
最多本塁打9度、最多打点7度、最優秀選手5度はいずれもパ・リーグ記録で、ベストナイン19度は王貞治を上回る歴代最多の受賞回数となった。犠飛数に目を向けると、2桁犠飛を記録したのは74年の1度だけだったが、キャリアのほとんどを過ごした南海時代は、犠飛でも高水準の数字を残すシーズンが目立った。