侍J・小林誠司の献身――正捕手不在の危機で見せた「捕手に必要なこと」
2017ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は今日6日に開幕し、侍ジャパンは7日に初戦のキューバ戦を迎える。しかし、チームは嶋基宏捕手が直前で辞退するなど「正捕手」と呼べる存在がいないのが現状。そんな中、グラウンドには謙虚な姿勢で投手陣に尽力する小林誠司捕手の姿があった。
2017/03/06
Getty Images
あまり新球に変えない
記者の度重なる質問に多くの投手陣が怪訝な表情を浮かべる。
「WBC球には慣れましたか」。
「実戦で投げて変化はありませんか」。
大会のたびに繰り返されるWBC球への対応云々のやりとりは、正直、聞き飽きたが、メンバーの中に苦慮する選手がいる以上、質問せざるを得ないのもまた事実である。
宮崎での合宿中、権藤博ピッチングコーチがブルペンで投げ込みをしている投手陣たちに何度か割って入った。手に馴染みつつある同じボールではなくて、新球を渡したのだ。
試合中、同じボールで9回終了まで行くことはない。
1イニングすら同じ球を使うことだって多くはない。
NPBの試合を見ていていつも思うことだが、ピッチャーの多くが頻繁にボールを交換したがる。凡打やヒットでももちろん、少しワンバウンドして土がついただけでも、新球を要求する。
東京ヤクルトスワローズの石川雅規投手など、同じボールを使いたがる傾向を感じる投手もいるが、真っ新なボールを好む大多数を見ていると、投手は繊細なのだといつも感じさせられる。
しかし、それをWBCでもやったら大変なことになる。
手に馴染まないボールを常に扱わなければいけないようにすることは、自らの首を絞めることになるからだ。
宮崎合宿中での権藤コーチの計らいは1つのメッセージだろうと思う。
3月1日のCPBL選抜との壮行試合において、そのボールに気遣いを見せる1人の選手がいた。
先発マスクをかぶった小林誠司捕手である。
試合勘を戻すこと、この日の先発が読売ジャイアンツでチームメイトの菅野智之投手とあって抜擢を受けた。
他の代表選手と違って小林の置かれた立場は厳しい。
昨季、12球団のキャッチャーで唯一、規定打席に達した選手としての評価を受けるが、彼の場合、自ら勝ち取ったポジションという要素はそれほど濃くはない。長く巨人の正キャッチャーであり、主砲を務めてきた阿部慎之助捕手のコンディショニング面を考えて空いたポジションに小林が入ったというのが紛れもない事実だ。
そんな状況下においての代表入りは彼にとって少し重いものだっただろう。
11月の強化試合の時、「WBCは選ばれないと思いますよ。今、自分にできるのはいろんな投手の球を受けることによって、それをいい経験にしたいと思っています(高校の同級生の)野村の球も受けられますしね」と達観したかのように話していたものだった。
小林を取材していて感じるのは、代表選手としての誇りやプライド、自信というよりも、むしろ、謙虚な姿勢だ。
合宿中、小林の受けるミット音が鳴らないとすぐに横やりが入り、ワンバウンドの変化球を小林がそらすと、ため息が漏れた。本人は必死にやっているが、周りがそうした空気を作るのはあまりにも彼にとっては辛いに違いない。だが、それでも、彼は謙虚に受け止めた。
そんな中での先発マスク。
小林が気遣ったのは、ボールを極力、変えないことだ。
いつもなら、審判に新球を要求するところ、制止する場面を見た。
小林は言う。
「僕が感覚的に思ったことなんですけど、ボールはあまり変えない方がいいのかなと。合宿の時に、権藤コーチが投手陣の投げ込みで新球を渡していたことがありました。その直後に抜けている確率が高いと思ったんです。もちろん、投手によりけりですけど、あんまり変えないようにと思いました。さすがに、ボールが変形してしまった場合は、しょうがないですけど」
ヒットや凡打でも新球に変えなかったのは、おそらく、投手陣にもその意識が少なからずあるからだろう。小林が戻ってきたボールを保持し、確認して、こねる姿は、投手と一体となってゲームをコントロールしていこうという姿勢の表れだろう。