雨天中止を、ペナント制覇の味方に――勝負師・落合博満の日程消化術【横尾弘一「野球のミカタ」】
今や各地にドーム球場ができ、天候が勝負を左右する時代は終わったという感もある中、落合博満GMは雨をもペナント制覇に活用しようとしていた。勝負師は、ありとあらゆる視点で、優勝までの青写真を描いている。(2015年5月10日配信分、再掲載)
2015/05/10
ナゴヤドームで胴上げ
中日の地方開催は、親会社である中日新聞社の本・支社や販売の重要拠点であるため、球団サイドにはできるだけ開催したいという事情もある。
落合監督は、営業担当者にこうささやいたという。
「地方の試合が流れても、シーズン終盤にナゴヤドームで開催できる。地元で優勝決定戦になれば集客も見込めるでしょう」
果たして、中日は6月下旬に首位に立つとヤクルト、巨人との差を少しずつ広げ、10月1日にナゴヤドームの広島戦で優勝が決まる。この試合は浜松分の振り替えだった。また、翌日からのヤクルト2連戦は結果的に消化試合となったものの、これも富山と豊橋の振り替えだ。
当初の予定通りなら、この年の中日は9月23日のヤクルト戦で本拠地開催をすべて消化し、残り7試合はすべてビジターであった。降雨をコントロールしたわけではないが、そこで落合監督が強行を拒んだことで、地元ファンの前で優勝を決められたのも事実なのだ。
ちなみに、東京ヤクルトに最大10ゲーム差をつけられながら大逆転で連覇を達成した2011年も、シーズン終盤にナゴヤドームで直接対決が8試合あったことが優勝の大きな要因となった。この時も、東日本大震災の影響で開幕が遅れ、ナゴヤドームでの最初の3連戦がなくなったのに加え、石川、富山での2連戦が雨で中止となったため、計5試合が終盤でナゴヤドームに組み込まれたのだ。
かつては、試合開催の可否についても主催球団の監督が大きな権限を持っていたという。
そんな時代に現役生活を過ごした落合は、降雨時に試合を行うか否かの球団の判断も、チームを優勝へ導く采配のひとつだと考えている。こんな舞台裏を知ると、長いペナントレースを違った角度から味わうことができるのではないか。
”動かない”ことが奇策へ。固定概念にとらわれない落合博満流采配論【横尾弘一の野球のミカタ】
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